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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)13号 判決

神奈川県厚木市長谷398番地

原告

株式会社半導体エネルギー研究所

同代表者代表取締役

山崎舜平

同訴訟代理人弁理士

加茂裕邦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

松本悟

花岡明子

胡田尚則

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第7287号事件について平成6年11月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外山崎舜平は、昭和54年8月16日に出願した特願昭54-104452号の一部を特許法44条1項の規定により分割して新たな特許出願として、昭和57年11月1日、名称を「非単結晶半導体層形成用装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第192055号)をした。原告は、平成2年4月26日、同訴外人から本願発明につき特許を受ける権利を譲り受け、同年9月1日その旨を特許庁長官に届け出たところ、同年12月19日拒絶査定を受けたので、平成3年4月11日審判を請求し、平成3年審判第7287号事件として審理されたが、平成6年11月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月19日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

基板が、その上にP型またはN型を有する第1の非単結晶半導体層を形成させるために配される第1の反応炉と、上記第1の反応炉と第1のシャッタ手段を介して連通し且つ上記第1の非単結晶半導体層を形成している上記基板が上記第1の非単結晶半導体層上にI型を有する第2の非単結晶半導体層を形成するために配される第2の反応炉と、上記第2の反応炉と第2のシャッタ手段を介して連通し且つ上記第1及び第2の非単結晶半導体層を形成している上記基板が上記第2の非単結晶半導体層上にP型またはN型を有する第3の非単結晶半導体層を形成するために配される第3の反応炉と、上記第1の反応炉内に、上記第1の非単結晶半導体層を形成する第1の半導体材料ガスと上記第1の非単結晶半導体層にP型またはN型を与える第1の不純物ガスとを含む第1のガスを導入させるための、上記第1の反応炉に、第1のガス供給制御手段を介して連結している第1のガス源と、上記第2の反応炉内に、上記第2の非単結晶半導体層を形成する第2の半導体材料ガスを含む第2のガスを導入させるための、上記第2の反応炉に、第2のガス供給制御手段を介して連結している第2のガス源と、上記第3の反応炉内に、上記第3の非単結晶半導体層を形成する第3の半導体材料ガスと上記第3の非単結晶半導体層にP型またはN型を与える第3の不純物ガスとを含む第3のガスを導入させるための、上記第3の反応炉に、第3のガス供給制御手段を介して連結している第3のガス源と、上記第1の反応炉内に導入された上記第1のガスを第1のガスプラズマにイオン化させるための第1のガスイオン化手段と、上記第2の反応炉内に導入された上記第2のガスを第2のガスプラズマにイオン化させるための第2のガスイオン化手段と、上記第3の反応炉内に導入された上記第3のガスを第3のガスプラズマにイオン化させるための第3のガスイオン化手段と、上記第1の反応炉内に、上記基板上に上記第1の非単結晶半導体層を形成する第1の半導体材料を堆積させるために、上記第1のガスプラズマを流し、且つ上記第1の反応炉内を、1気圧以下の圧力に維持させるための、上記第1の反応炉に連結している第1のガス排出手段と、上記第2の反応炉内に、上記第1の非単結晶半導体層上に上記第2の非単結晶半導体層を形成する第2の半導体材料を堆積させるために、上記第2のガスプラズマを流し、且つ上記第2の反応炉内を、1気圧以下の圧力に維持させるための、上記第2の反応炉に連結している第2のガス排出手段と、上記第3の反応炉内に、上記第2の非単結晶半導体層上に上記第3の非単結晶半導体層を形成する第3の半導体材料を堆積させるために、上記第3のガスプラズマを流し、且つ上記第3の反応炉内を、1気圧以下の圧力に維持させるための、上記第3の反応炉に連結している第3のガス排出手段と、上記第1、第2及び第3の反応炉内において、上記第1、第2及び第3の半導体材料が、上記基板、上記第1の非単結晶半導体層及び第2の非単結晶半導体層上で単結晶化されるよりも低い温度に上記基板の温度を維持させる手段とを有し、第1のガス供給制御手段は第1の反応炉に、第2のガス供給制御手段は第2の反応炉に、第3のガス供給制御手段は第3の反応炉に、それぞれ独立して接続され、第1のシャッタ手段は、第1の反応炉と第2の反応炉をガスに対して完全に遮断可能に構成され、第2のシャッタ手段は、第2の反応炉と第3の反応炉をガスに対して完全に遮断可能に構成され、第1のガス排出手段、第2のガス排出手段、第3のガス排出手段は、互いに独立して系外へ排気できるように構成され、各反応炉をシャッタ手段で完全に遮断して排気する状態では他の反応炉からのガス及びガスプラズマの混入が防止されることを特徴とする非単結晶半導体層形成用装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、特公昭53-37718号公報(昭和53年10月11日出願公告。以下「引用例1」という。)には、単一の真空室(「反応炉」に相当。)に、第1の出口44に接続される拡散ポンプ、第2の出口46に接続されるメカニカルポンプ(「ガス排出手段」に相当。)、第3の出口48に接続される気体源となる系の気体供給部(「ガス源」に相当。)、加熱板38(「基板の温度を維持させる手段」に相当。)、陽極36と基板12の間でグロー放電を発生させる電源42(「導入されたガスをガスプラズマにイオン化させるためのガスイオン化手段」に相当。)を備えたグロー放電装置30及び該装置の真空室を約10-6トールの真空度まで排気し、次にジボランを含むシランを0.1~1.0トールの圧力まで供給し、基板上に第1のドープ層113を被着、次いで真空室を10-6トールまで排気したのち、シランを0.1~3トールの圧力まで供給し、第1のドープ層の上に真性層117を被着させ、次にドーピングガスとしてホスフィンを供給し、第2のドープ層115を真性層の上に被着させて、第1のドープ層、第2のドープ層、その間にある真性層を有する非晶質シリコンの活性領域114を有する半導体装置、具体的にはPIN型太陽電池を製造すること並びに非晶質シリコンを用いた半導体装置は単結晶を用いた場合より低い温度で製作できることが記載されている。

また、実願昭52-54176号の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影し、昭和53年11月24日、特許庁によって発行されたマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)には、試料に真空蒸着、イオンスパッタリングなどの表面処理を施すための真空装置において、異なった表面処理を生産性よく行うために、異なった表面処理を行うための複数の真空チャンバーを連設し、その前後に、試料搬入室と処理済試料の搬出室となる真空チャンバーを設け、全ての真空チャンバー内を貫通してその床上にレールを敷設し、このレール上を移動する試料積載用台車を設け、これら真空チャンバーの間を、試料積載用台車が通過しないときに、相互に気密に隔離することができる開閉自在の仕切弁(「シャッタ手段」に相当。)によって仕切り、仕切弁を開いた状態で反応させるべき試料を順次移動することによって、異なった真空蒸着、イオンスパッタリング等の表面処理を連続的に行うようにした真空装置が記載されている。

(3)  そこで、本願発明と引用例1に記載された発明とを対比する。

引用例1の記載において、非晶質シリコンを用いた半導体装置は単結晶を用いた場合より低い温度で製作できるということは、単結晶の場合よりも非結晶の場合の方が基板の温度が低いということを意味するので、両者は、反応炉、ガス供給制御手段を介して連結しているガス源、反応炉内に導入されたガスをガスプラズマにイオン化させるためのガスイオン化手段、反応炉内を1気圧以下の圧力に維持させるためのガス排出手段及び基板の温度を半導体材料が単結晶化されるよりも低い温度に維持させる手段とを有する、基板上にP型、I型及びN型の非結晶層を順次形成させる半導体層形成装置の点で一致し、本願発明の装置は、P型、I型、N型の各非晶質半導体層を製造するためのシャッタ手段で連通する第1~3の別個の反応炉を有し、各反応炉がそれぞれ、ガス供給制御手段を介して連結しているガス源、ガスイオン化手段、ガス排出手段、基板の温度維持手段を有しており、各ガス供給制御手段が独立して接続され、ガス排出手段が独立して排気できるように構成され、前記シャッタ手段により完全に遮断可能で、遮断状態では他の反応炉ガス及びガスプラズマの混入が防止される各反応炉内を基板が移動することによって、半導体層が順次積層されるものであるのに対し、引用例1記載の装置は、単一の反応炉内で、反応気体を順次置換することによって、半導体層が順次積層されるものである点で相違する。

(4)  次に、上記相違点について判断するに際し、まず、当技術分野における周知の技術ないし技術水準について検討する。

真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることは本出願前周知であり(例えば、社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」改訂新版、第539~540頁、昭和51年11月30日、日刊工業新聞社発行)、また、気相反応による半導体膜形成装置においては、単一の反応装置を用いるバッチ処理型装置の他に、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置も当業者にとってよく知られていたこと、この場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていた(例えば、特開昭51-141587号公報、特公昭49-16221号公報、特開昭52-85081号公報)。

この技術水準を前提にすれば、気相反応法の1種であるプラズマ気相反応において、複数の反応室(炉)を連設して、異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することは当業者が容易に想到し得たことということができるし、引用例2は、真空蒸着やイオンスパッタリングに係るものであるが、その技術手段をプラズマ気相反応に応用、すなわち、各反応室(炉)をシャッタ手段を介して連通せしめることも当業者が容易に想到し得るものといわざるを得ず、このように構成して反応室(炉)を連設した場合に、各反応室(炉)で行うプラズマ気相反応に必要なガス供給制御手段を介して連結しているガス源、ガス排出手段、基板の温度を維持する手段、ガスイオン化手段を各反応室(炉)にそれぞれ設けるべきことは、自然かつ当然の技術的手段というべきであるし、別個のガス源を用いて異なった処理を行う以上、ガス供給制御手段が独立して接続されることも当然なすべきことであり、シャッタ手段により気密に隔離され連設された真空室においては、共通に設けられた真空排気系では各真空室の気圧の異なった値を同時に調整することは不可能であるから、操作の効率を考えるならば、真空排気系は各真空室に独立に設けた構造とするのが有利であることも自明である。

また、前述のとおり、本出願前気相反応による半導体膜形成装置において、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置を採用する場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれていたのであるから、各反応炉がシャッタ手段により完全に遮断可能で、遮断状態では他の反応ガス及びガラスプラズマの混入が防止されるという限定も、当然の技術手段を規定したにすぎない。

(5)  そうしてみると、本願発明は、引用例1、2に記載された発明及び周知事項から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は相違点の判断を誤って、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  審決は、「真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることは本出願前周知であり」(甲第1号証10頁4行ないし6行)とし、これをもって本願発明の進歩性判断の前提となる技術水準であるとしているが、誤りである。

真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は、薄膜形成技術ではあっても、それぞれ別個の手段を備え、別個の特徴を有している。また、気相反応法のうちでも常法CVD法、減圧CVD法、また特に特殊なプラズマCVD法についても、それぞれ別個の手段を備え、別個の特徴を有する。

審決が挙示する甲第6号証(社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧 改訂新版」昭和51年11月30日日刊工業新聞社発行)には、ただ〈1〉真空蒸着法、〈2〉陰極スパッタリング法、〈3〉イオンプレーティング法、〈4〉気相反応法が併記して紹介されているだけである。並べて記載されていれば技術水準を形成しているということではない。

甲第6号証に紹介されている事実は、薄膜生成技術として上記四つの技術があるということだけであって、同号証には、上記四つの技術の相互の関係については何も記載されていない。まして、同号証には、プラズマCVD法については何の記載もなく、上記四つの技術とプラズマCVD法との関係についても何も記載されていない。

ところで、本願発明では、真空蒸着やスパッタリングの場合のように、化学反応を徹底して回避するのではなく、化学反応そのものを利用する。この化学反応はプラズマ反応によるのであるが、プラズマCVD法は、例えば甲第13号証(日本学術振興会薄膜第131委員会編「薄膜ハントブック」オーム社 昭和58年12月10日発行)の229頁「〔5〕反応過程」の項に記載のとおり、何種類もの要素がからむ複雑な化学反応であり、数多くの配慮が要求される。そして、プラズマCVD法は、甲第11号証(金持徹編「真空技術ハンドブック」日刊工業新聞社 1990年3月31日発行)の629頁、630頁に指摘のとおり、(イ)RF(高周波)プラズマ励起によりエネルギーの高いプラズマ状態を作り、この状態下で反応ガスの化学結合を低温で分解し、活性化された粒子間の反応によりCVD膜を形成する技術である、(ロ)プラズマ反応は熱CVD法に比較してかなり複雑であり、生成パラメータとしては、反応ガス流量、高周波パワー、圧力、生成温度、電極構造、反応炉構成と要因が多岐にわたる、(ハ)「制御性、量産性に優れる熱CVD法にかわる段階まで進んでいない。将来の可能性としてはプラズマエピタキシャル生成、Siの直接酸化、窒化技術への応用などが考えられている。」と紹介されており、本願出願日から10年半余も経過した後ですら、熱CVD法では達成されている制御性、量産性についてはまだまだと認識されていた、といった特徴がある。

したがって、本願発明における、プラズマCVD法で、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶(単結晶ではない)の半導体層を形成するための装置についての進歩性判断の前提として、「真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることは本出願前周知であり」とした審決の認定は誤りである。

(2)  審決は、「気相反応による半導体膜形成装置においては、単一の反応装置を用いるバッチ処理型装置の他に、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置も当業者にとってよく知られていたこと、この場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていた。」(甲第1号証10頁9行ないし18行)と認定しているが、誤りである。

審決が上記認定の根拠として例示する特開昭51-141587号公報(甲第7号証)、特公昭49-16221号公報(甲第8号証)、特開昭52-85081号公報(甲第9号証)は、真空蒸着法やイオンスパッタリング法やCVD法(プラズマCVD法ではない)の適用装置として複数の連設した真空室(CVD法では反応室)を用いる連続処理装置がぽつりぽつりとあったことを示すにすぎず、上記認定を裏付けるものではない。

甲第7号証には、太陽電池装置の生産方法に関して、複数の部所を備える処理装置が示されているが、この装置は、まずロールに巻かれた長尺のシート状基体に対して適用するものであり、そこに記載の装置構造もその長尺のシート状基体に対応するものとして構成されており、この基体は、本願発明や引用例1で対象とする基体(基板)とは程遠い形状をしている。そして、甲第7号証には「この形成方法は以下の方法、即ち(ⅰ)エピタキシャル成長に用いられるC.V.D法、(ⅱ)電子ビーム真空蒸着法、又は(ⅲ)イオンスパッタリング法などが用いられる。」(3頁左下欄10行ないし14行)と、CVD法についてはエピタキシャル成長に用いられるCVD法だけが記載されているにすぎない。これはプラズマCVD法とはまるで異なる手段を用いるもので、プラズマCVD法とは程遠いものである。

甲第8号証記載の連続処理方法に関する技術も、主としてエピタキシャル薄膜すなわち単結晶薄膜の成長用に供されるものである。非単結晶半導体層を形成するための装置ではないし、ましてやプラズマCVD法が適用されるものでもない。また、甲第8号証に各反応室間の汚染防止についての一般的な注意事項に関する記載があるとしても、それは同号証に記載の発明における配慮であるにすぎない。甲第11号証や甲第13号証からしても、甲第8号証が発行された時点(1970年)で、そこにプラズマCVD法における配慮事項をも含めたものとは到底いえない。

甲第9号証には、「本発明は気相生成装置(CVD装置)に関する。」(1頁左下欄15行)と記載されているが、甲第11号証や甲第13号証をも参考に解釈すると、これは従来の熱CVD法を適用すると思われる装置(ここで減圧するかどうかもはっきりしない)に関するものであるにすぎない。

上記のとおり、甲第7号証ないし甲第9号証に記載の技術は、いずれもせいぜい熱CVD法に属するもので、CVD法でも特に特殊なプラズマCVD法とはまるで異なる技術であるから、プラズマCVD法で、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層という特定の非単結晶半導体層を形成するための装置である本願発明に対して何も示唆するものではない。

(3)  審決は、「この技術水準を前提にすれば、気相反応法の1種であるプラズマ気相反応において、複数の反応室(炉)を連設して、異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することは当業者が容易に想到し得たことということができる」(甲第1号証11頁1行ないし5行)と判断しているが、誤りである。

上記のとおり、甲第7号証ないし甲第9号証には、複数の反応室(炉)を連設して、異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することが記載されているにしても、これらがプラズマCVD法を適用した装置の技術水準を形成するものではないし、プラズマCVD法を示唆するものでもない。ましてそれらは、本願発明のようにプラズマCVD法を適用した装置であって、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置の技術水準を形成するものではないし、上記装置を示唆するものでもない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

(4)  審決は、「引用例2は、真空蒸着やイオンスパッタリングに係るものであるが、その技術手段をプラズマ気相反応に応用、すなわち、各反応室(炉)をシャッタ手段を介して連通せしめることも当業者が容易に想到し得るものといわざるを得ず」(甲第1号証11頁6行ないし10行)と判断しているが、誤りである。

引用例2には、「この考案は試料に真空蒸着、イオンスパッタリングなどの表面処理を施す場合の真空装置における試料の搬送装置に関するものである。」(甲第5号証の2の1頁16行ないし18行)と記載されているが、それ以降の記載をみても、引用例2の技術は、ただ真空蒸着装置における試料の搬送装置に関するものであり、それ以上の内容は何も記載されていない。ましてCVD法についても、さらにその中でも特に特殊なCVD法であるプラズマCVD法についても何も記載されておらず、何も示唆していない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

(5)  審決は、上記判断に続き「このように構成して反応室(炉)を連設した場合に、各反応室(炉)で行うプラズマ気相反応に必要なガス供給制御手段を介して連結しているガス源、ガス排出手段、基板の温度を維持する手段、ガスイオン化手段を各反応室(炉)にそれぞれ設けるべきことは、自然かつ当然の技術的手段というべきであるし、別個のガス源を用いて異なった処理を行う以上、ガス供給制御手段が独立して接続されることも当然なすべきことであり」(甲第1号証11頁10行ないし19行)と判断しているが、誤りである。

本願発明においては、3個の反応炉を連設するのと同時に、その要旨とする構成の全部を一体不可分に備えることにより、初めて連続化を可能とし、本願明細書に記載のとおりの所期の目的を達成し、対応する所期の効果を得ることができたのであり、このように諸構成の全部を一体不可分に設定することは自然でもなく、当然の技術的手段でもない。

甲第11号証や甲第13号証からも明らかなとおり、本願出願当時のプラズマCVD法についての現状からして、プラズマCVD法で複数の反応室を別個に設けて連続化することは、誰もが着想しなかったし、誰もが実現化できなかったのである。

また審決は、「シャッタ手段により気密に隔離され連設された真空室においては、共通に設けられた真空排気系では各真空室の気圧の異なった値を同時に調整することは不可能であるから、操作の効率を考えるならば、真空排気系は各真空室に独立に設けた構造とするのが有利であることも自明である。」(甲第1号証11頁19行ないし12頁5行)としているが、この判断は著しく合理性に欠け、失当である。

甲第11号証に記載のように、プラズマCVD法におけるプラズマ反応は、熱CVD法(減圧CVD法を含む)に比較してかなり複雑であり、生成パラメータとしては、反応ガス流量、高周波パワー、圧力、生成温度、電極構造、反応炉構造と要因が多岐にわたるものである。このように各種数多くの操作条件を考慮すべきプラズマCVD装置で、3個の反応炉を連結して構成する場合、シャッタ手段により気密に隔離され連設された真空室においては、(イ)共通に設けられた真空排気系で各真空室の気圧の異なった値を同時に調整するか、(ロ)真空排気系を各真空室に独立に設けた構造とするか、(ハ)あるいはこれら以外の構成とするか、のうちどれが適切であるかは現実に実験、検討をし、その作用効果を確認するのでなければ当業者には何も分からなかった。本願発明では、基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層を形成するため、プラズマCVD法を適用する3個の反応炉を連結して構成する場合について、現実の諸実験、検討、研究の結果、真空排気系を各反応炉に独立に設けた構造とすることができることを現実に初めて見出し、所期の目的を達成し得ることを確認したものである。操作の効率を考えるならば、むしろ審決が指摘するのとは逆に、真空排気系は各真空室に独立に設けるのではなく、却って各真空室に共通に設けるのが有利であると解される。

(6)  審決は、「本出願前気相反応による半導体膜形成装置において、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置を採用する場合、不純物のない適正な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれていたのであるから、各反応炉がシャッタ手段により完全に遮断可能で、遮断状態では他の反応ガス及びガスプラズマの混入が防止されるという限定も、当然の技術手段を規定したにすぎない。」(甲第1号証12頁6行ないし16行)と判断しているが、誤りである。

甲第8号証に各反応室間の汚染防止についての一般的な注意事項が記載されているとしても、それは同号証に記載のエピタキシャル薄膜すなわち単結晶薄膜形成技術における配慮であるにすぎない。甲第8号証の技術はプラズマCVD法を適用する本願発明とはまるで別物であり、甲第11号証や甲第13号証からしても、甲第8号証の配慮事項がプラズマCVD法の場合をも含むものとして記載されているとは到底解されない。

したがって、上記判断は誤りである。

(7)  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1、2に記載された発明及び周知事項から当業者が容易に発明することができたものであるとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法が別個の手段を備え、別個の特徴を有するものであるといっても、甲第6号証に記載されているように、半導体製造に用いられる薄膜生成技術という同一の技術分野に属することは本出願前周知である。

(2)  甲第7号証には、複数の反応室を用い、複数の半導体膜を流れ生産で形成することにより、太陽電池装置を簡便に、短時間に大規模に生産する方法が記載されており、その4頁右上欄13行ないし16行には、「本システムは大規模のディポジション及び焼きなまし工程より成り、異なる場所間には汚染を防ぐための隔離装置が設けられている。」と記載され、2頁右下欄12行ないし18行には、単結晶のみならず多結晶でもよいことが記載されている。

したがって、気相反応による複数の連設した反応室を用いる連続処理装置、各室間の隔離装置による汚染防止について記載されている点では審決の認定に誤りはない。

甲第8号証の3欄32行ないし4欄28行には、複数の反応室を連設した装置を用いる連続処理方法の発明が記載されており、これによれば、本出願前、気相反応による半導体形成装置においては、単一の反応室を用いるバッチ処理型装置の他に、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置もまた当業者にとってよく知られていたこと、この場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていたということができる。

また、甲第9号証の1頁左下欄15行ないし右下欄11行には、甲第8号証と略同旨のことが記載されている。

以上のとおり、甲第7号証ないし甲第9号証には、気相反応による半導体薄膜形成技術が示されており、これらは甲第6号証を含めて、半導体製造に用いられる薄膜形成技術という本願発明の属する技術分野における周知の技術ないし技術水準を示すものということができる。

(3)  原告は、プラズマ気相反応法は特殊であり、甲第7号証ないし甲第9号証はせいぜい熱CVD法であるから、そこに、複数の反応室(炉)を連設して異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することが記載されていても、プラズマ気相反応に適用することは容易でない旨主張するが、気相反応法は、ガス状物質の化学反応(熱分解、化学合成など)によって固体状物質が基板上に堆積するものであり(甲第6号証)、熱CVD法は、ガス状物質を基板からの熱により活性化して化学反応を起こすのに対し、プラズマ気相反応法は、ガス状物質が、放出された電子と衝突して、イオン化したり、活性化された状態(プラズマ状態)となって、基板上に被着し、化学反応を起こすものであるから、ガス状物質を活性化する手段が異なっても、気相反応であることに変わりはない。プラズマ化手段に特徴があるならいざ知らず、本願発明においては、ガスプラズマにイオン化させるためのガスイオン化手段と規定するだけであるので、引用例1において、単一の反応炉で行うプラズマ気相反応による積層半導体装置が記載されており、半導体製造に用いられる薄膜製造装置である、真空蒸着法、イオンスパッタリング法においても(例えば引用例2)、気相反応法においても、複数の反応室(炉)を連設して、異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することが周知である以上、気相反応の1種であるプラズマ気相反応にそれを適用することは当業者が容易に想到し得たことである。

(4)  引用例2は、真空蒸着やイオンスパッタリングなどの異なった表面処理を連続的に行うようにした真空装置であり、引用例1のプラズマ気相反応も真空で行うものである。

前述したように、真空蒸着、イオンスパッタリング、気相反応(プラズマ気相反応も含めて)は、本願発明と同じ技術分野に属するものであって、半導体用の薄膜を連続的に行う装置も本出願前周知である以上、引用例2の真空蒸着を引用例1記載のプラズマ気相反応に応用することは当業者が容易になし得ることである。

(5)  引用例1には、プラズマ気相反応法で、「P型-I型-N型」を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置が記載されている。そして、引用例2の多室連続法を応用して、連続的に行う場合には、P型、I型、N型を有する非単結晶の半導体層それぞれのための専用の反応室を、その順序で設けなければならないし、そのそれぞれの反応室には、そのための専用のガス源、ガス供給制御手段、反応室を真空状態に維持するためのガス排出手段、基板の温度を維持する手段、ガスイオン化手段を設けなければならないことは、当然かつ自明のことであり、本願特許請求の範囲においては、これらの当然かつ自明なことを一括して規定せずに、いちいち規定しているだけである。

(6)  共通に設けられた真空排気系では、反応室毎に異なった気圧に設定することは不可能であるし、すべての反応室の気圧を同一にするとしても、基板の出し入れにあたっての急激な気圧変化の際に、他の真空室に不純物が流入するおそれなどがあり、真空排気系は、各真空室に独立に設けた構造とするのが有利である。また、引用例2の8頁15行ないし9頁5行の記載をみても、真空排気系を各真空室独立に設けたことが有利であることが分かる。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであり、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例1及び引用例2の記載事項の摘示)、同(3)(本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定)についても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)〈1〉  甲第6号証(社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧 改訂新版」日本工業新聞社 昭和51年11月30日初版発行)には、「薄膜生成技術として、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング(イオン化静電メッキ)など気相成長がある」(539頁)と記載されており、真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法が薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることは、本願原出願(昭和54年8月16日)前周知の事項であったものと認められから、審決が、「真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることは本出願前周知であり」とした認定に誤りはない。

〈2〉  原告は、請求の原因4(1)掲記の理由により、本願発明における、プラズマCVD法で、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置についての進歩性判断の前提としてなされた審決の上記認定は誤りである旨主張する。

しかし、真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法がそれぞれ別個の手段を備え、別個の特徴を有しており、また、気相反応法のうちでも常法CVD法、減圧CVD法、プラズマCVD法がそれぞれ別個の手段を備え、別個の特徴を有しているとしても、審決は、上記認定において、真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法が、半導体製造に用いられる薄膜形成技術として同一の技術分野に属するものであることが本出願前周知であることを説示しているにすぎず、また、甲第6号証を、上記各技術相互の関係やプラズマCVD法との関係を明らかするために挙示したものでもない。

甲第11号証(金持徹編「真空技術ハンドブック」日刊工業新聞社 1990年3月31日発行)には、プラズマCVD法について、「制御性、量産性に優れる熱CVD法にかわる段階まで進んでいない。将来の可能性としてはプラズマエピタキシャル生成、Siの直接酸化、窒化技術への応用などが考えられている。」(629頁13行ないし16行)と記載されているが、この事実をもって審決の上記認定が妨げられるものでないことは明らかである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(2)〈1〉  甲第7号証(特開昭51-141587号公報)には、「珪素又はゲルマニウムより成る太陽電池素子を経済的かつ迅速に生産する方法」(1頁右下欄12行、13行)に関して、複数個の隣接する部所を備えた製造装置が開示されており(同号証の図面参照)、「新しい太陽電池を生産する基本的な段階と構成は、図面に示す8つの隣接する部所をもつ形式で概説される。・・・第2の部所2に至り、適宜の導電形(n形又はp形)と濃度を有す(る)不純物を含んだ珪素がこの上に形成される。この形成方法は以下の方法、即ち(ⅰ)エピタキシヤル成長に用いられるC.V.D.法、(ⅱ)電子ビーム真空蒸着法、又は(ⅲ)イオンスパッタリング法などが用いられる。・・・次に基体に着いた珪素薄膜は連続的に第2の部所2より第3の部所3を通って、第4の部所4に送り込まれる。ここでは、元の珪素膜と反対形の不純物のイオンが高電圧イオン加速機により打込まれ、又は熱処理により拡散されて、p-n接合が形成される。或いは第2の部所2で形成した、或る導電形の珪素層上にさらに逆導電形の薄い珪素層を析出成長させてp-n接合を形成してもよい。」(3頁右上欄15行ないし右下欄6行)、「本システムは大規模のディポジション及び焼きなまし工程より成り、異なる部所間には汚染を防ぐための隔離装置が設けられている。生産物は、完成するまでは、閉じられた体系の外の環境にさらされることがないので、外からのよごれの混入や機械的緊張や圧力は最小に保たれる。」(4頁右上欄13行ないし20行)と記載されていることが認められる。

甲第8号証(特公昭49-16221号公報)には、「従来、半導体装置の製造に於いては、多数の半導体材料のウエフアーが半導体材料に必要とされる特定の処理に特有な環境に於いて或る一定期間高温で加熱されるバッチ処理型装置による方法が用いられた。しかしながら、これらのバッチ処理技術は低歩止り、製品に於ける再現性の欠如、又露光、温度、雰囲気等の如き処理に於ける種々のパラメータの再現が困難であるという欠陥を本来有している。又、この様なバッチ処理装置は一般的に1使用期間に於いて1度に単一の処理操作への使用に限定される。連続的方式で半導体を処理するための種々の技術がこれまで提案されているが、この様な技術はいずれも、半導体装置が連続的方式による処理に於いて移送され得る工業的半導体処理装置に実際的に適用又は使用されていない。半導体のための連続的処理装置の開発に於ける困難な問題は、処理雰囲気の希釈、好ましくない不純物の混入、又は化学組成の変化を生じ得る他の不適合なガスの浸入又は注入による雰囲気の質の低下を防ぐことによりその完全性が維持されなければならない明確な雰囲気を用いることを必要とする操作に於いて更に重大となる。本発明の応用において特に興味あるもう1つの分野は、米国特許第3314393号及びフランス特許第1498045号と第1511289号とに提案の、半導体素子の連続多段処理である。かような処理用システムにおいては処理用雰囲気の汚染はppmのオーダであっても半導体素子の完全性に重大な影響を有しうるから、かような処理用雰囲気を汚染性の両立不能な不純物から隔離して置くことはますます重要となり、したがって、連続システムの逐次処理用段と段との間の雰囲気の浸透または相互移動の排除、少なくとも実質的最小化を必要とすることは容易に理解することができる。各種システムにおいて処理用雰囲気を隔離し、またその完全性を維持するための各種手法が従来提案されている。かような手法には、米国特許第2701901号、第2856312号、第2916398号、第3179392号、第3314393号および第3340176号の各種のものに記述されているように、空気障壁、機械的封止、空気封鎖、液体封止、気体カーテンその他の使用がある。」(3欄28行ないし4欄28行)と記載されていることが認められる。

甲第9号証(特開昭52-85081号公報)には、「本発明は気相生成装置(CVD装置)に関する。周知のように、半導体装置、半導体集積回路装置の製造において、シリコン結晶半導体ウエーハに薄膜等を形成する工程がある。そして、薄膜生成装置として、最近では横長の反応室に順次ウエーハを連続的に送り込んで、気相化学反応させて短時間に多数のウエーハに反応物の被膜形成を行なう連続処理装置が提案されている。ところで、このような連続処理装置において重要なことは、反応室の被処理物の出入口が開口しているため、周囲の空気が反応室内に流入することと、反応室内に導入した反応ガスが反応室から外部へ流れ出すことを防止し、不純物のない適正な薄膜を形成することにある。また、処理室が直列に複数連通された構造の装置においても、それぞれ隣り合う反応室の異なる反応ガスが浸入することを防止する必要がある。」(1頁左下欄15行ないし右下欄11行)と記載されていることが認められる。

甲第7号証ないし甲第9号証の上記各記載によれば、審決が、「気相反応による半導体膜形成装置においては、単一の反応装置を用いるバッチ処理型装置の他に、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置も当業者にとってよく知られていたこと、この場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていた。」と認定したことに誤りはないものというべきである。

〈2〉  原告は、甲第7号証ないし甲第9号証は審決の上記認定を裏付けるものではない旨主張するが、採用できない。

また原告は、甲第7号証の基体は本願発明や引用例1で対象とする基体(基板)とは程遠い形状であり、同号証には、プラズマCVD法とはまるで異なる手段を用いるエピタキシャル成長に用いられるCVD法が記載されているにすぎないこと、甲第8号証の連続処理方式に関する技術も主としてエピタキシャル薄膜すなわち単結晶薄膜の成長用に供されるもので、非単結晶半導体層を形成するための装置ではなく、ましてやプラズマCVD法が適用されるものではないし、また、各反応室間の汚染防止についての一般的注意事項はプラズマCVD法における配慮事項をも含めたものではないこと、甲第9号証は熱CVD法を適用する装置であることを理由として、甲第7号証ないし甲第9号証に記載の技術は、いずれもせいぜい熱CVD法に属するもので、CVD法でも特に特殊なプラズマCVD法とはまるで異なる技術であるから、プラズマCVD法で、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層という特定の非単結晶半導体層を形成するための装置である本願発明に対して何も示唆するものではない旨主張する。

しかし、審決は、上記認定において、気相反応による半導体膜形成装置に関する周知技術あるいは技術水準について説示しているものであって、プラズマCVD法自体を直接的に取り上げているわけではないし、基板(基体)の形状が問題となるわけでもないから、原告の上記主張は当を得ないものである。

(3)〈1〉  引用例1には、単一の反応炉で行うプラズマ気相反応により半導体層が順次積層されるものが記載されているところ、上記(2)〈1〉に説示のとおり、気相反応による半導体膜形成装置においては、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置も当業者にとってよく知られていたことが認められ、また、気相反応法は、ガス状物質の化学反応(熱分解、化学合成など)によって固体状物質が基板上に堆積するものであり(甲第6号証540頁7行、8行)、プラズマ気相反応も気相反応法の1種であるから、「気相反応法の1種であるプラズマ気相反応において、複数の反応室(炉)を連設して、異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することは当業者が容易に想到し得たことということができる」とした審決の判断に誤りはないものというべきである。

〈2〉  原告は、甲第7号証ないし甲第9号証には、複数の反応室(炉)を連設して、異なる被膜を各反応室(炉)において順次連続して積層することが記載されているにしても、これらがプラズマCVD法を適用した装置の技術水準を形成するものではないし、プラズマCVD法を示唆するものでもなく、ましてそれらは、本願発明のようにプラズマCVD法を適用した装置であって、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置の技術水準を形成するものではないし、上記装置を示唆するものでもない旨主張する。

しかし、引用例1には、プラズマCVD法を適用した装置であって、基板上にP型、I型及びN型の非単結晶層を順次形成させる半導体層形成装置が記載されており、審決もこの点を本願発明との一致点として認定しているところであって、審決は、甲第7号証ないし甲第9号証を、プラズマCVD法を適用した装置の技術水準を形成するものであるとか、プラズマCVD法を示唆するものであるとか、あるいは、本願発明のようにプラズマCVD法を適用した装置であって、しかも基板上に順次「P型-I型-N型」又は「N型-I型-P型」を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置の技術水準を形成するものである、といったことを示すために引用しているわけでないことは、審決の理由から明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

(4)〈1〉  引用例2には、試料に真空蒸着、イオンスパッタリングなどの表面処理を施すための真空装置において、異なった表面処理を生産性よく行うために、異なった表面処理を行うための複数の真空チャンバーを連設し、その前後に、試料搬入室と処理済試料の搬出室となる真空チャンバーを設け、全ての真空チャンバー内を貫通してその床上にレールを敷設し、このレール上を移動する試料積載用台車を設け、これら真空チャンバーの間を、試料積載用台車が通過しないときに、相互に気密に隔離することができる開閉自在の仕切弁(「シャッタ手段」に相当。)によって仕切り、仕切弁を開いた状態で反応させるべき試料を順次移動することによって、異なった真空蒸着、イオンスパッタリング等の表面処理を連続的に行うようにした真空装置が記載されている(この記載があることは当事者間に争いがない。)。すなわち、引用例2のものは、連続多室方式により真空蒸着やイオンスパッタリングなどの異なった表面処理を連続的に行うようにした真空装置である。

ところで、前記のとおり、真空蒸着法、イオンスパッタリング法、気相反応法は薄膜形成技術において同一の技術分野に属するものであることは本出願前周知であること、引用例1のプラズマ気相反応も真空で行うものであることからすると、引用例2の上記技術手段を引用例1のプラズマ気相反応に適用することは当業者において容易に想到し得ることと認められる。

したがって、「引用例2は、真空蒸着やイオンスパッタリングに係るものであるが、その技術手段をプラズマ気相反応に応用、すなわち、各反応室(炉)をシャッタ手段を介して連通せしめることも当業者が容易に想到し得るものといわざるを得ず」とした審決の判断に誤りはない。

〈2〉  原告は、引用例2の技術は真空蒸着装置における試料搬送装置に関するものであって、それ以上の内容は何も記載されておらず、ましてCVD法や、さらにその中でも特に特殊なCVD法であるプラズマCVD法については何も記載されていないし、示唆もされていないとして、審決の上記判断は誤りである旨主張する。

しかし、引用例2に、異なった真空蒸着、イオンスパッタリングなどの表面処理を連続的に行うようにした真空装置が記載されていることは上記のとおりであり、また、審決は引用例2にCVD法やプラズマCVD法が記載ないし示唆されているとしているわけではないから、原告の上記主張は失当である。

(5)〈1〉  引用例1の、プラズマ気相反応法で、P型-I型-N型を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置に引用例2の技術手段を適用して、各反応室(炉)をシャッタ手段を介して連通せしめるように構成して反応室(炉)を連設した場合には、P型、I型、N型を有する非単結晶の半導体層それぞれのための専用の反応室をその順序で設け、それぞれの反応室には、専用のガス源、ガス供給制御手段、反応室を真空状態に維持するためのガス排出手段、基板の温度を維持する手段、ガスイオン化手段を設けなければならないことは技術的に当然のことであり、また、共通の真空排気系ではシャッタ手段により隔離された各真空室の気圧の異なった値を同時に調整することが不可能であるから、操作の効率の点からいって真空排気系を各真空室に設ける構造が有利であることも技術的に自明であると認められる。

したがって、「このように構成して反応室(炉)を連設した場合に、各反応室(炉)で行うプラズマ気相反応に必要なガス供給制御手段を介して連結しているガス源、ガス排出手段、基板の温度を維持する手段、ガスイオン化手段を各反応室(炉)にそれぞれ設けるべきことは、自然かつ当然の技術手段というべきであるし、別個のガス源を用いて異なった処理を行う以上、ガス供給制御手段が独立して接続されることも当然なすべきことであり、シャッタ手段により気密に隔離され連設された真空室においては、共通に設けられた真空排気系では各真空室の気圧の異なった値を同時に調整することは不可能であるから、操作の効率を考えるならば、真空排気系は各真空室に独立に設けた構造とするのが有利であることも自明である。」とした審決の判断に誤りはない。

〈2〉  原告は、本願発明においては、3個の反応炉を連設するのと同時に、その要旨とする構成の全部を一体不可分に備えることにより、初めて連続化を可能とし、本願明細書に記載のとおりの所期の目的を達成し、対応する所期の効果を得ることができたのであり、このように諸構成の全部を一体不可分に設定することは自然でもなく、当然の技術的手段でもないし、甲第11号証や甲第13号証からも明らかなとおり、本願出願当時のプラズマCVD法についての現状からして、プラズマCVD法で複数の反応室を別個に設けて連続化することは、誰もが着想しなかったし、誰もが実現化できなかったものである旨主張する。

しかし、本願発明は、「基板上に、第1第2及び第3の非単結晶半導体層を、それぞれ第1、第2及び第3の反応炉を用いて形成する」(甲第2号証4欄29行ないし31行)ために、3個の反応炉を連設し、各反応炉にガス源、ガス供給制御手段、ガス排出手段、基板の温度を維持する手段、ガスイオン化手段を設けたものであるところ、かかる構成を採択することが当業者において容易に想到し得るものであることは上記説示のとおりであり、「従来の非単結晶半導体層形成用装置の場合に比し短い時間しか必要とせず、従って、第1、第2及び第3の非単結晶半導体層をそれらの順に順次形成している多数の基板を、多量産的に、容易に、製造することができる。」(同号証5欄11行ないし16行)という本願発明の効果も当然予測し得る程度のことと認められる。

本願原出願の約10年後に発行された甲第11号証には、前記のとおり、プラズマCVD法について、「制御性、量産性に優れる熱CVD法にかわる段階まで進んでいない。将来の可能性としてはプラズマエピタキシャル生成、Siの直接酸化、窒化技術への応用などが考えられている。」と記載されており、また、本願原出願の約4年後の昭和58年12月10日に発行された甲第13号証(日本学術振興会薄膜第131委員会編「薄膜ハンドブック」)には、「プラズマCVD技術の課題」として、「P-CVD技術の半導体プロセスヘの展開は歴史も浅く、知識、情報に欠けているところが多いのが現状である。これからは、P-SiNの経験を生かし、プラズマ化学的な検討により、プラズマCVD反応機構を解析することが大切である。特に、生成装置構造に関連した反応機構を解明し、生成膜膜質との対応を明白にしていく必要がある。P-SiN、P-SiOそしてP-PSG自身まだ得体の知れない部分が山積している。・・・こうした反応機構解析を中心とした化学的考察と、物理的考察に基づく装置開発とが相まってこそ納得される膜が仕上がると確信している。」(246頁左欄11行ないし24行)と記載されていることが認められる。

甲第11号証及び甲第13号証の上記各記載によれば、本願原出願後相当の期間を経た後においても、プラズマCVD法についての知識、情報が必ずしも十分ではなく、この技術を利用した薄膜形成の制御化、量産化は進んでいなかったことが認められるが、引用例1に記載のとおり、プラズマ気相反応法で、P型-I型-N型を有する非単結晶の半導体層を形成するための装置は公知であり、気相反応による半導体膜形成装置において、単一の反応装置を用いるバッチ処理型装置の他に、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置も当業者によく知られており、また、引用例2には、薄膜形成技術として気相反応法と同一の技術分野に属する真空蒸着法やイオンスパッタリング法において、連続多室方式により異なった表面処理を連続的に行うようにした真空装置が記載されているのであるから、本願発明のように、プラズマCVD法で複数の反応室を別個に設けて連続化することが当業者において容易に想到し得ない程度のものであったとは認められない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

次に、甲第11号証には、「プラズマ反応は熱CVDに比較してかなり複雑であり、生成パラメータとしては、反応ガス流量、高周波パワー、圧力、生成温度、電極構造、反応炉構造と要因が多岐にわたる。」(629頁8行ないし11行)と記載されているところ、原告は、このように各種数多くの操作条件を考慮すべきプラズマCVD装置で、3個の反応炉を連結して構成する場合、シャッタ手段により気密に隔離され連設された真空室において、真空排気系をどのように設けることが適切であるかは当業者には何も分からなかったが、本願発明では、諸実験、検討、研究の結果、真空排気系を各反応炉に独立に設けた構造とすることができることを初めて見出し、所期の目的を達成し得ることを確認したものであり、操作の効率を考えるならば、真空排気系は各真空室に独立に設けるのではなく、各真空室に共通に設けるのが有利であると解される旨主張する。

本願明細書には、真空排気系を各真空室に独立に設けた構造としたことの技術的意義について特に記載されていないが、共通に設けられた真空排気系では、反応室毎に同時に異なった気圧に設定・調整することは不可能であって、操作の効率からいっても、真空排気系は、各真空室に独立に設けた構造とする方が有利であることは技術的に自明であり、本願発明がこの構造を採用することに格別の困難があったものとは認められない。

(6)〈1〉  前記(2)〈1〉に説示のとおり、本願出願前、気相反応による半導体膜形成装置において、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置を採用する場合、不純物のない適性な薄膜を形成するために、各反応室の処理用雰囲気を汚染性の不純物から隔離遮断することを含め汚染の防止に強い関心が抱かれており、その対策として種々の構成が考えられていたことが認められ、また、プラズマ気相反応も気相反応法の1種であるから、審決が、「各反応炉がシャッタ手段により完全に遮断可能で、遮断状態では他の反応ガス及びガスプラズマの混入が防止されるという限定も、当然の技術手段を規定したにすぎない。」とした判断に誤りはないものというべきである。

〈2〉  原告は、甲第8号証に記載されている各反応室間の汚染防止についての一般的な注意事項は、同号証に記載のエピタキシャル薄膜すなわち単結晶薄膜形成技術における配慮であるにすぎず、甲第8号証の配慮事項が異なる技術であるプラズマCVD法の場合をも含むものとして記載されているとは到底解されない旨主張する。

しかし、審決は、気相反応による半導体膜形成装置において、複数の連設した反応室を用いる連続処理装置を採用した場合の各反応室間の汚染防止に関する関心等が周知であることを根拠づけるものとして甲第7号証ないし甲第9号証を例示したのであって、直接的にプラズマCVD法による場合も各反応室間の汚染防止に関する関心等が周知であるとしているわけでないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

(7)  以上のとおりであって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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